東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1438号・昭56年(ネ)1210号 判決
三 ≪証拠≫を総合し、これに弁論の全趣旨を斟酌すれば、次の事実が認められる。
1 第一審原告は、昭和四九年五月一八日午前一〇時三〇分ごろ本件スキー場で滑降中原判決添付別紙図面Aの箇所付近においてクレバスに転落し、顔面及び右胸部打撲傷兼挫創、右手背擦過創、左肋骨骨折(三本)、前歯金冠破損、右膝関節部打撲傷の傷害を負い(第一事故)、その翌年の昭和五〇年五月一七日午後三時ごろ、本件スキー場で滑降中同図面Bの箇所付近においてクレバスに転落し、左下腿骨折の傷害を負った(第二事故)。
2 昭和四九年は雪の少い年であったため、第一審被告協議会(理事第一審相被告南波初太郎)は同年五月五日ごろ本件スキー場を閉鎖し、同日ごろから谷川岳ロープウエーの昇り口である土合駅待合室の掲示板にその旨を掲示し、かつ、同駅の改札員をしてスキーを持った乗客に対し個別的にその旨を伝えさせるようにし、本件スキー場のパトロール業務をしなかつた。しかし、当時本件スキー場にある四本のリフトのうち、峠リフト及び高倉山リフトは観光客の利用の便宜上依然運行させており、観光客だけでなく一般スキーヤーもこれを利用していたが、別段これを制止しなかった。
第一事故当日である昭和四九年五月一八日は快晴、微風、手袋も不要の程の暖かさで、本件スキー場の高度の低いところには部分的に芝生も見え、ハイカーも来ている状況であった。第一審原告は自己の属するスキークラブの仲間四、五人と天神峠リフトと呼ばれる本件スキー場で一番長いリフト(以下「峠リフト」という。)に乗って上り、リフトを降りた地点には雪がなかったので、リフトの上昇方向に向って右手へ尾根道を暫く歩き、スキーをはいた。なお、そこまで行く途中にあるいくつかのスキーコースはすべて黄色いテープで閉鎖されていた。原告らがスキーをはいた地点からは下方へ斜度約三〇度のコースがあったが、右地点から約二〇メートル先の大きな岩があってコース巾が狭まっている地点にクレバスが見えたところ、先ず原告を除く四、五人がクレバスをよけてその横に三ないし四メートル残された部分を滑り降り、続いて原告が滑りクレバスの横を通過しようとしたところ、足許が割れて巾約二メートル、長さ約五メートル、深さ約二メートルのクレバスに転落した。
右第一事故の生じたAの箇所付近は斜度約三〇度の急傾斜地で雪なだれや雪の空洞を生ずることがあったため、第一審被告協議会は、従来から年間を通じてほとんど同所における滑走を禁止していたが、第一審被告会社の管理運営区域内に存在したコースであつた。第一審原告は、前記掲示板に気づかず、また、駅員から伝言を聞かず、本件スキー場が閉鎖されていることを知らないで滑走し、第一事故にあったものである。
3 第一審被告協議会は、昭和五〇年五月一七日本件スキー場を閉鎖することとし、同日をパトロール業務終了の日と決めていたので、石坂吉成ほか四名のパトロール要員は同日午前中本件スキー場を点検し、同日正午から午後一時半ごろまで納め会をやって業務を終了した。この日本件スキー場のゲレンデではところどころ地面が露出し、滑れる範囲も限定されている状況であった。そして、右点検の際、石坂らは第二事故現場のクレバスを発見したので、危険を知らせるために右現場上方の稜線(後記の第一審原告らがいったん停止した地点にあたる。)に赤旗三本を立てておいたが、事故発生当時何人かによって取り去られ、右赤旗は一本も残存していなかった。なお、昭和五〇年に本件スキー場の四本のリフトの運行が閉鎖された日は、通称第五リフトが五月一日、天神平リフトが同月一八日、峠リフトと高倉山リフトが同月二六日である。
第一審原告は、昭和五〇年五月一七日第一審原告の属するスキークラブの仲間五名と共に東京から二台の自動車に分乗して本件スキー場に到着し、ハウスで食事をし、風が強くどのリフトも停っていたので、ゆるい斜面を歩いて登って滑り降りる練習をし、高倉山リフトが動き出したのでこれに数回乗って滑る練習をしていたところ、峠リフトが動き出したので全員これに乗り、終点で降りた。その後第一審原告は仲間と共に約一〇メートルほど徒歩で登り、スキーをはき、同日午後三時ごろ第一の出発点(泥が出ていた。)からほぼ一団となって比較的緩やかな斜面を滑り降り、地形が二五度位の急傾斜に変る地点(第二の出発点)でいったん停止し、前方のコースを確認したが、その位置からは死角になっていてクレバスを発見することはできなかった。第一審原告は、「さあ行くぞ」と言って最初に飛び出し、右に回り、次に左に回ったところで約一〇メートル下方にあった長さ約四メートル、巾広いところで約六〇センチメートル、深さ約一・五メートルの三か月形のクレバスに横から滑り込むような形で転落し、底に露出していた岩石に当って負傷した。
以上の事実が認められ、≪証拠≫中右認定に反する部分は、前掲各証拠に対比してにわかに信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四 ≪証拠≫によれば、第一審被告会社に対する水上営林署長の国有林野使用許可書には、使用許可の条件としてその第二一条に第一審被告会社は別紙の定めるところにより本件スキー場の管理運営に当らなければならない旨が規定されており、右別紙には請求の原因3(一)(1)記載の各事項が記載されていることが認められる。そしてこのような条件のもとに国有林野を使用し、本件スキー場においてリフトによる旅客運送事業を営んでいる第一審被告会社としては、スキー場の供用期間(特にその終期)を定めてこれを公示し、一般に周知させるようにし、供用期間中は利用者の安全を図るため、気象、積雪の状況、ゲレンデにおける危険物の有無等に注意し、危険物を除去し、状況に応じ危険箇所の滑降禁止、スキー場の全面的使用禁止等を行ない、標識、告示板、その他適当な方法により右禁止を利用者に周知させるようにし、供用期間後観光客のためリフトを運行する場合には、見えやすい場所にスキー禁止の標識をするとともに、スキー客はこれに乗せないようにする義務があるものというべきである。そして、第一審被告会社から委託を受け現実に本件スキー場を管理運営している第一審被告協議会も第一審被告会社と同一の義務があるものというべきである。
そこで第一事故について考えるに、前記事実によれば、第一審被告協議会(理事第一審相被告南波初太郎)は、昭和四九年五月五日ごろをもって本件スキー場を閉鎖し、同日ごろその旨をロープウエーの土合駅の待合室に掲示し、かつ、同駅の改札員をしてその旨をスキーを持った客に伝えるようにさせたのであるが、スキー場にはその旨の掲示をせず、また、峠リフト及び高倉山リフトを停止することなく依然として観光客用に運行し、これを一般スキーヤーが利用することをなんら制止せず、コースは概ね黄色いテープを張って閉鎖の表示をしていたものの、第一事故を生じたコースは黄色いテープを張っていなかったのであるから、閉鎖の周知方法が不十分で、かつ、スキーヤーを観光客と区別せずに漫然とリフトで運んだ過失があり、右過失と第一事故とは相当因果関係があるものというべきである。
次に、第二事故について考えるに、前記事実によれば、第一審被告協議会(理事第一審相被告南波初太郎)は、昭和五〇年五月一七日をもって本件スキー場を閉鎖することにきめたが、その閉鎖の日及び時間を公示し、周知させることをせず、パトロール隊は同日午前中のパトロールにより第二事故の生じたクレバスを発見し、コースの出発点に赤旗三本を立てて危険の標識をし、その後何者かによって右赤旗が抜き去られたのに、同日正午以降パトロールを全然しなかったため遅滞なくこれを復旧することができず、一方同日正午以降も高倉山リフト及び峠リフトを動かしてスキー客を山頂に運んでいた過失があり、右過失と第二事故とは相当因果関係があるものというべきである。
そして、第一審相被告南波は、権利能力なき社団である第一審被告協議会の理事としてその職務を行うについて過失があったものと認められるから、第一審被告協議会は、民法四四条一項の類推適用により第一審原告が被った損害を賠償する義務があるというべきである。
また、前記事実によれば、第一審被告協議会は、第一審被告会社から本件スキー場の管理運営を委託されていたが、管理運営の方法、事務処理等の全般について第一審被告会社の指揮監督を受け、管理運営に関する費用も第一審被告会社から支給を受けていたから、独立の地位を有する受託者ではなく、民法七一五条にいう被用者であると認めるのが相当であるところ、第一審相被告南波は、第一審被告協議会の理事としてその職務を行うについて右過失があったのであるから、第一審被告会社は、第一審被告協議会理事たる南波の右過失によって第一審原告が被った損害を賠償する義務があるものというべきである。
五3 過失相殺
一般に、スポーツは、常にある程度の危険を内在しているところ、特に、スキーにおいては相当高度の危険性を内在しているものであり、特に、本件スキー場においては、五月中旬に至ればゲレンデの状態が不良となり、しかも急速に変化するのは公知の事実であるから、スキーヤー自身においても安全な場所を選び、事前に適切な方法でクレバスの発見に努め、滑行速度を調節する等して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきである。ところで、前記認定にかかる第一及び第二事故現場の状況、事故発生の態様、その他諸般の事情からすれば、第一審原告は、第一事故については、相当の注意をすればすでに本件スキー場が閉鎖されていたことを知ることができたはずであるのにスキーをすることに熱心なあまりこれに気ずかなかった過失があり、また、第一事故、第二事故とも、五月の中旬ことさらゲレンデの状況の悪い急斜面を選んで滑走し、滑走に際しクレバスの確認及び回避に十分な注意を払わなかった過失があり、第一審被告らの過失に対する割合は、第一事故について第一審原告九割、第二事故について同七割と認定するのが相当である。
よって、右過失を斟酌すれば、第一審被告らが第一審原告に対し賠償する義務を負うのは、前記1記載の第一審原告の本件第一事故による損害額合計七二万二一八〇円の一割に相当する七万二二一八円、前記2記載の第一審原告の第二事故による損害額合計一二八万三一八一円の三割に相当する三八万四九五四円(円未満切捨)、以上合計四五万七一七二円とするのが相当である。
(川添 新海 佐藤)